大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 昭和32年(わ)681号 判決

被告人 清水邦治

明四三・二・六生 新聞発行人

主文

被告人を罰金二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金四〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、毎月五回発刊する中備新聞の編集兼発行人であるが、昭和三二年二月二〇日附発行の湯原新聞と題する紙上に、「観光ホテルを舞台に色と慾との大芝居、事件の裏に女あり」との見出しのもとに、「ホテルの経営にタツチし過ぎるとの非難を受けているA収入役と事件の中心人物B氏の妻君との噂は聞き捨てならぬ、二人の関係がどの程度のものであつたかそれは知らない、しかしB氏の妻君は旅館の経理を担当していたというし、A収入役は、三日にあげず深夜ホテルに出入、帳簿類にタツチし深酒に夜を過ごしていたことは疑いのない事実である。そして二人の特別な応待は、ホテルの人達は誰知らぬ人はない。女中さん達は口を揃えて「わたしたちでも酒に酔うた人のパンツまで脱がせてお湯に入れてやるといつた親切はなかなかできない」という、事ほど左様に彼女はA収入役の身の廻りの面倒をよくみていた、あるときは電気を消してたつた二人だけでお湯に入り誰もいないと思つて入りかけた女中さんがビツクリして飛び出したという一幕もあつたし、ある板場さんは夜釣に行つて朝四時頃帰り、とんだところに行き合はせて怒鳴られて魂消て飛びあがつたという、こういう親切が何でもないお客さんに対して出来るだろうかと女中さんや板場さんは首をかしげる、そして深夜二人だけでのむことは珍らしくなく、二人の座敷へ突然入つて「失礼な」と叱られた女中さんもあり、二人丈のお座敷へ行くときにはノツクして三分位たつて入るため時計だけは忘れずに持つて行く女中さんもあつたという噂もある」との記事を執筆掲載したうえ、その頃、岡山県真庭郡湯原町内において、情を知らない川鰭広三郎などを介して、約一、〇〇〇部を頒布し、もつて、公然事実を摘示してBの妻Cの名誉を毀損したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示所為は刑法第二三〇条第一項、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するので所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で、被告人を罰金二万円に処し、同法第一八条に則り、右罰金を完納することができないときは金四〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則り全部被告人の負担とする。

(訴訟関係人の主張に対する判断)

先づこの判断をする前に次の事実関係を明らかにしなければならない。すなわち、前掲各証拠と証人小河原郁文、同美甘辰蔵の各尋問調書の記載および不起訴裁定書、Aの検察官に対する昭和三二年一〇月二八日附、同月二九日附(二通)各供述調書の各記載を綜合すると、岡山県真庭郡湯原町所在の湯原観光ホテルはもと湯原町の所有で同町においてこれを経営していたものであつたが、かねてから経営不振であつたところから、昭和三〇年一二月同町議会において右ホテルを湯原町旅館組合に対し払下げる旨の議決をし、同三一年二月二四日同組合代表者Bとの間で、代金を九、八五一、四五三円と定めて正式に払下げる旨の契約を締結した。しかるに、同旅館組合においては、右払下げ代金を約定の期日迄に調達することができず、その金策に苦慮した右Bが当時湯原町収入役であつたAにその援助を求めたところ、同人は、かねてからBとは旧知の間柄であつたのでこれを承諾し、同町町長の同意を得たうえ、同年三月三一日頃、同町名義をもつて、中国銀行勝山支店より三〇〇万円を借り受け、これを右払下代金に流用した。

ところが間もなく、右Aらの右公金流用の事実が背任容疑として、同町議会の糾弾を受け、更にその後岡山地方検察庁において、捜査の結果同三二年一一月三〇日附で起訴猶予処分となつた。ところで右Bは、前記観光ホテルが湯原町町営の当時から同ホテルの支配人としてその衝に当つていたものであり、その妻Cは夫と共に同ホテルの会計事務などを担当していたものであり、当時同町収入役として同ホテルの経理の監督などの事務をも担当していたAは、その職務上の用件のため、或いは上級官庁から出張した役人の接待などのため屡々同ホテルに出入して飲食し、前記のとおり同ホテルが払下げになつた後も前同様出入し、飲酒に耽るなどしていたが、同三二年八月三一日収入役の地位から退職したものであることが認められる。

(一)、そこで弁護人らは、被告人の判示所為は、公務員であるAに対するものであつて、その記載事実はすべて真実であるから刑法第二三〇条ノ二第三項にあたる旨主張する。しかし、同項の適用については、規定上何らの制限もないので、公務員に関する限りは、純然たる私生活の事実の暴露をまで許す趣旨であると解する余地があるにしても、本件の相手方とされたBは公務員ではなく、これが単に公務員の相手方であるというだけの理由で、同人に対する私行に関する部分についても当然に同項に包含されるものと解すべきではない。

(二)、次に弁護人らは、被告人の判示所為は前記Aの未だ公訴を提起せられない犯罪行為に関する事実を摘示したものであつて、すなわち公共の利害に関する事実とみなされるべきものであり、仮りに犯罪行為に関しないとしても、公共の利害そのものに関する事実であり、いずれにしても記載事実は真実に符合するから同法第二三〇条第一項にあたる旨主張する。なるほどAは前記のとおり、観光ホテルの払下げに関して前記犯罪行為をなしたもので、その行為に関する限りは未だ公訴を提起せられない犯罪行為に関する事実にあたるものではあるけれども、前示のとおり、摘示されたところのものは、Aが前記観光ホテルの経営に関与していること、およびCと昵懇にしていたことなどであつて、右犯罪行為に直接の関連性がないことは明らかであるから、これをもつて犯罪行為に関するものということはできない。しかも、前記証拠によると、被告人は、かねてから親交をむすび昭和二七年頃から始めた中備新聞の発刊についても援助を受けるなど、常日頃恩義を感じていた浅沼輝男が同人の一部出資している前記払下げ後の有限会社湯原観光ホテルの経営権をめぐつてBと対立抗争していることを知り、浅沼を後援しようと考えていた矢先、同人の紹介してくれた同観光ホテルの女中などからCとAとがかねてから昵懇の間柄であることを告げられたところから、前記経営権をめぐる対立に関し、浅沼側に有利な与論を喚起するため、とくに湯原新聞と題する新聞を発刊するに際して右の一端としてその第二面に判示の記事を掲載したもので、右の事実と前記湯原新聞の記事全体を綜合すると、被告人において、専ら公益を図る目的に出たものとは認められない。

以上のとおりで、弁護人の主張は、いずれもその前提を欠き、したがつて本件において刑法第二三〇条ノ二所定のいわゆる事実の証明を許すべきでないことが明らかであるから、右各主張はこれを採用しない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹島義郎 藤原吉備彦 川端浩)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例